皆既月食なのに、今日の広島の天候は曇り。
雲に覆われて6年半ぶりの神秘的なシーンは見れず終いでしょうか。(^^;
毎年この日はやってきます。ただ今年は皆既月食の日と重なったというだけで、ボクにとっては自分自身命の在り方を考える一日には代わりありません。
そう、父親の祥月命日です。今から34年前の今日、父親が他界した日です。
父親の生きた年月を超える前から意識していた「42歳」という年齢をもう4つも過ぎました。
そりゃあちこちガタも来るワケです。老眼が進み、髪の毛も気になるお年頃。(笑)
アデ○ゲンは効くでしょうか。(^^;
自分には関係ないと思っていたメタホなんとかも、しっかりと意識せざるを得ないお年頃です。(^^;
それなりに病院のお世話になることも増えましたし、見た目年齢とは裏腹に実年齢はかなり老けている感じです。見た目はまだ若いって言ってもらえるんですけどね。(^^)v
カンドウのメンバーと一緒の時間を過ごすと、つい年を重ねるのを忘れてしまいます。
今年はアップできる写真がなかったため、記すことはなかったのですが、毎年の恒例「山の家」では大フィーバー(この言葉が出る時点で古いですね/笑)でした。
美女?3人の顔はキャンバスになり、持参したクレパスでイタズラ描きの数々。
写真は撮ってますが、さすがにコレをアップするのはマズそうですので自粛です。(笑)
いつもならば由佳利を中心に作られる料理の数々も、男性のみの二つのチームに分かれて「ザ・料理対決」。女性メンバーをもてなすという設定で、ボクらのチームはリハーサル(という名の飲み会)までして臨みました。
勝敗ではなく、みんなの「美味しい」の一言が何よりの賞品でしたね。(^^)
父親の祥月命日に不謹慎ですか?(^^;
でもきっと父親も天国から目を細めて見てくれていると思うんです。
50になっても60になっても、ボクは率先しておバカ振りを発揮したいですし、大笑いし過ぎで翌日腹筋が痛くなるくらい笑った一日が、ボクにとっての財産だと思っています。父親もきっとそう思ってくれているでしょうね。
父親の祥月命日の今日、お酒の飲み方を少し改めたいと思います。
無茶飲みしてきましたし、悲鳴を上げている肝臓くんすい臓くんたちと和解したいと思ってます。
コミットメント?(^^ゞ
どちらからかもう忘れてしまったのですが、ある日大学時代の後輩とメールの遣り取りをしました。大学時代と言えば、ロック真っ只中で、大学の授業そっちのけでロックに青春の全てを傾けていた時代です。
何度も徒然にも登場した小田との出逢いも、大学時代に遡ります。
そして連絡を取り合った彼も、小田と大学は違えど同じ音楽に情熱を傾けていた者の一人です。
彼はフォークソング、ボクらはロックと音楽の方向性は違えど、同じように音楽にのめり込んでいました。
ちょっと自慢モードですが、ボクらがやっていたターニングポイントというバンドはその当時ファンクラブもあり、メンバーと色違いのお揃いのTシャツを揃えてライブで着てくれたり、ワンマンライブにはチケットを売りまくってくれたり、それは華やかな青春時代でもありました。
その彼はソロ。一人でチケットを売り、ファンクラブ通信と題して自分で原稿を書き、自分で配り、あたかも第三者がそのファンクラブ通信を書いていたかのように書いていて、心無いボクらはそれを笑っていた記憶があります。(^^;
ボクらは音楽で飯を食うという儚い夢を追い掛けていましたが、そうは言いつつ各々は自分の生活の地盤を固めて行っていました。夢を追うことをいつの間にか諦めたワケです。
それには自分たちの才能を自分たちで見切ったというのもありますし、「そんなに甘いもんじゃない」というのを痛感していたのもありました。ロックは飯を食うモノではなく趣味と割り切り、最高のアマチュアロックバンドでいようと決めたのもこの頃でした。
その彼はまだ夢を追い掛けていました。
果てしもない遠い夢、音楽で飯を食うをまだまだ現役で追い求めていました。
飯なんか食えてないハズです。アルバイトしながらでしょう。いわゆるフリーターには代わりありません。
でも彼はまぎれもないシンガーであり、今も尚唄い続ける現役ミュージシャンなのです。
メジャーデビューこそしていませんが、彼はプロミュージシャンだと思っています。
純粋に自分の可能性を信じ、誰もが諦めてきたミュージシャンへの道を彼はまだ追い求めているのです。
でもバカみたいですよね。
ガキじゃあるまいし、何甘いこと言ってんだよって感じですよね。
いい年して、いい加減夢から覚めろよって言いたいくらいです。
でも・・・心底羨ましかったです。
でも・・・カッコイイと思いました。
でも・・・自慢の友達だとも思いました。
宮西良治と言います。
宮西良治オフィシャルサイト
ボクもいつかまたあのスポットライトを浴びながらギターを弾きたいっていうちっちゃくて、それでいてガキみたいな夢を持っていたりします。その時は小田の後ろで、小田が歌うバックでギターを弾きたいです。初めてここで書きますが、ずっとそう思っていました。(^^ゞ
50歳までに叶うか・・・。
でも生まれ変わったとしても、もう一度カンドウコーポレーションの社長をやりたいです。(^^ゞ
オマケの写真です。(^^ゞ

この細さ。(^^; ちなみに右端のギターがボクで、ヴォーカルが小田です。
例えば、誰かにアドバイスを求められたとする。
暫し考えて、ちょっと上から目線でこうアドバイス。
「これは甘いよね。もっと核を突いてあげないと。マーケットサイズはどれくらい想定してるの?」
「夢ばかりじゃ実現できないんだよ。実現するために必要なのは・・・」
確かに仰る通り。
確かにそれが正論。
でも彼が欲しいのはそんな正論だったのか???
彼はきっと「背中を押して欲しかった」のだと思う。
「走りながら考えたらいいよ。まずはやってみようぜ」と背中をポンっと。
その上で必要なアドバイスだったら耳からだけじゃなく、心で聴けたかもしれない。
自分を振り返る。
アドバイスを求められた時、一生懸命に考えるが余りマーケティングまで引っ張り出して語っていたこと。
何かの本で読んだんだけど、女性が「ねぇねぇ聴いて~」って彼氏に相談するとその彼氏は正論を告げる。
彼女の気持ちや立場だけじゃなく、相手が居るののなら相手の気持ちや立場を一生懸命考えて、それでアドバイスをする。
でも・・・彼女が欲しいかったのは、「そっかあ、そりゃ大変だったね」と彼女自身の気持ちを抱き締めてほしかった・・・らしい。(^^;
自分を振り返る。
つい熱く語ってしまい、場合によっては彼女自身を否定してしまったこともある。
理屈じゃ計れないことがいっぱいある。
正論をぶちまけることが、萎縮させてしまうことだってある。
人は無限の可能性を持っているというのに。
甘いアドバイスだって、「勇気」をもらえることがある。
「あなたは凄いじゃん。コレ、実現できたら素敵だよね。やってみようよ。できることは協力するぜ」
何を根拠に凄い?
実現するためのコレとコレとコレ・・・の今考える障壁はどうやって取るの?
やってみるためのリスクは?リスクヘッジは?
できることって何?「フレーフレー」ってエールを送ること?
・・・と賢者は突っ込みを入れ、「それじゃダメだ」とアドバイスする。
自分を振り返る。
つい賢者ぶってなかったか・・・と。
時には甘ちゃんのメッセージだとしても、その一言で頑張れた、遣り遂げられたという事実。
これには理屈はない。
できたという事実のみ。
遣り遂げたという結果のみ。
理屈捏ね繰り回したって、正論をぶったって敵わないことはたった一言の愛ある言葉だったりする。
よかったね、素晴らしいメンターたちに巡り合えて。
でもそれがあなたの強い運なんだよ。
強い運は少々の障壁は乗り越えられるものなんだ。
そう、理屈じゃないんだよ。
正論じゃないところに答えってあったりするものなんだ。理論的に間違ってたとしても・・・ね。
とある起業家を志す人のBlogを読んで、ふつふつと沸いてきた感情をストレートに書き記しました。
決してこの徒然は目にはしない方だと思いますが、今日の気分はコレを伝えたいと思います。
各地でセミナーをさせていただいてきましたが、実はまだ北海道でのセミナー講師経験はありませんでした。いつかは「北は北海道から南は沖縄まで」って言いたいところですが、やっと北海道が実現できました。というか、実現させていただいた、が正解ですけど。
PGC(PioneerGreenCircle)という、写真館経営者を育成するパイオニアの団体で、北海道から沖縄までの写真館の若手経営者(及び経営に携わる人たち)たちの団体が主催でした。
またこの団体の勢い、熱気が凄いんです。熱いっ!という一言でしょうか。
前日行われた前夜祭(サッポロビール園)は異様なほどの盛り上がり。宗教チックでもありましたけど、ボクは全然嫌いではなく、むしろああいうノリは大好きですから、一緒に盛り上がったのは言うまでもなく。
翌日は全国から360名の方々が集い、北海道夕張市で行われた全国大会。
基調講演のゲストは樹木希林さん。(凄っ)
色んな分科会に分かれて様々なセミナーが催されます。
ボクはその一つの分科会を入れ替え制で担当しました。
島根のWebプロデューサー養成講座の元生徒さんが繋いでくれたご縁なのですが、メールの遣り取りにも真摯さが伝わってきて、声すら聴いたことのない担当の方ともちょっとした一体感を感じていました。
書きたいことは色々とあるのですが、何よりもボクはそのPGCの大ファンになりました。
今まで数々のセミナーにお招きされて、ほんっと数え切れないほどのセミナーをしてきました。
でもセミナーが終わって、ボクからお礼メールを打ったのは初めてです。しかもバスの中で。(笑)
しかもしかも、そのPGCの代表の方にもお礼メールを打ってしまいました。(^^;
「おもてなしの心」を標榜してるカンドウですが、彼らがボクに対してしてくれたのは正にコレ。
前夜祭からボクには「講師番」という担当が付き、ボクを決して一人にしないんです。
実は講師はああいう場所では孤独なもので、どうしていいのか分からなくなってしまいます。
それを分かっていたかの如く、ボクに連れ添っていただき、何かと気に掛けてくださいました。色んな方をご紹介いただいたり、前夜祭からそれですから、当日もとても話がし易いんです。(^^)
PGCの情報発信委員会の委員長の岸本さん、担当の西田さん、運営委員の方々のそういう想いが伝わってきて、ボクも本番ギリギリまで仕込みに手を入れましたし。(^^)v
その甲斐あって、口々に「もっと話を聴きたかった」、「またやっていただきたい」、「相談に乗ってください」・・・等など、大反響を戴くことができました。
また声を掛けていただいたら、何を置いてでも駆け付けるつもりです。
彼らとカンドウの共通点は「仲間を大切にする」ということだと思います。だから一緒に居て気持ち良かったんでしょうね。ボクはPGCのメンバーにはなれませんが、何だか勝手に仲間意識を持っています。妙な連帯感というか、またきっと再会できると確信しています。
余談ですが、違う元生徒さんがそのPGCのメンバーにいらっしゃいました。
その彼女、コピーライターでもありカメラマンでもあるのですが、この度、PGCと一緒になって本を出版されました。またこの本が泣けるんです。
行きの飛行機の中で読んでしまったことを後悔したくらいです。(^^;
またこの本のご紹介は近いうちにしたいと思っています。
素敵な出逢い、ご縁に感謝っ!の北海道遠征となりました。
やっぱり仲間っていいですね。(^^ゞ