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ボス・・・書く・・・徒然

2006年7月のアーカイブ一覧

ボス・・・書く・・・徒

感動を売る!「人とお金」が集まる仕事術

一冊の本をプレゼントしていただいたのが、今年の4月のことです。
著者である「地球探検隊」隊長こと、中村伸一さんからのプレゼントでした。

このあまり聞き慣れない「地球探検隊」は多国籍冒険ツアーといって、観光よりも体験に主体を置いた、アドベンチャーツアーです。アドベンチャーというと体力に物を言わせて秘境ツアーに行くみたいですが、心の安心領域から一歩飛び出し、心の冒険、精神世界を探索する旅と定義付けられています。

ボクが隊長に出逢ったのは廣島非凡会のラストイベントです。
蒼々たるメンバーが集い、ボクも「がんばれ社長」の武沢さんとのトークセッションのため講師として参加していましたが、そこに東京非凡会からの飛び入りゲストとして参加されたのが、隊長でした。

同い年ということで意気投合しましたが、地球探検隊の存在を知らなかったボクは「人なつっこい人だな」くらいしか彼のことは分りませんでした。
彼のやってきたことをこの本で知った時、「こいつ、面白い!」「一緒にじっくり飲んでみたい」に変るのにそう時間は掛かりませんでしたね。

ボクはレビューを書くとき、必ず3回読むことにしてます。
実はあまり本を読む習慣がないボクを、「3回読ませたい」という本のみレビューを書きます。こう書くと生意気ですが、一度読んで本棚に収まる本はご紹介しないスタンスです。

隊長の本は一度サラっと読んで、すぐさまもう一度じっくり読みました。自分が書いたっけ?と思うくらいに、同じような魂の言葉が並びます。頭で考えてない、体験・体感したからこその言葉です。

本気でやっていると、みんなから応援されるようになった。一生懸命と本気は違う。誰かに言われてやっても一生懸命にはできる。でも、自分の内面から湧き起こるものがないと本気にはなれない。内発的動機がないと、何をやってもやらされている感がある。義務感で行動しているのでは仲間から応援されないのだ。

                                         ~本誌 はじめに より~

ね、ボクのセミナーや講義を受けた人はお分かりだと思いますが、全てが万事こんな感じです。(^^)

まず身近な目標を立てて、小さな成功体験を積み重ねていくと、目標も志も大きくなっていく。失敗を恐れて何もやらないよりも、「やる」人間になることのほうが大切だ。それを無意識レベルにまで落とし込めれば、あとは「どうやるか」を決めればいい。

              感動を売る!「人とお金」が集まる仕事術 中村伸一著 ナツメ社発行

この本には自分の魂に語りかけてくる「何か」があります。
「教えてやる」感は全くなく、乾いた肌にきれいな水が沁み込むように、ス~っと入ってきます。
そしてそのきれいな水が自分の細胞に行き届くように、自分の魂が瑞々しくなっていくのを実感できます。

偉い人の小難しい話ではなく、色んな体験を自分のことに置き換えて考えさせてくれます。

頑張ってきた人には「間違いじゃなかった」という確信をプレゼント、
立ち止まってる人には「そういうのも必要だね。でも歩き出すのにいいタイミングかもよ」と、そっと背中を押してくれ、
ちょっとお疲れ気味の人には「さあ、ぼちぼち本気になってみよっかあ」とエールを送ってくれて・・・。

その時その時の心の在りようによって、違った声が聞こえてきます。

いつもの自分を振り返り、「これでいいの?」って問い掛ける。
そんな時にこの本と向き合えば、自分の内なる答えを見つけ出せそうです。

「地球探検隊」中村隊長のビダミンT
ここからも本が購入できます。

余命3ヶ月の起業家の闘い

普段あまり目にしない(失礼!)ドリームゲートのメルマガのタイトル。
『末期ガンになったIT社長からの手紙』その強靭なる精神に迫る、に目が釘付けになりました。
メルマガが届いたのが、7月19日。目が釘付けになってた割りに、開いたのは今日です。

詳細はドリームゲートのサイトで読んでいただくとして、この度のツッチーの死もあり、考えさせられる内容でした。

余命3ヶ月と診断されたらボクはどうするでしょう。
考えました。暫し快楽事しか浮かばない自分を笑いながら、ずっと考えました。

南の島に行って、昼間っからキリっと冷えた白ワインを飲みながら、海を眺めていたい。
場所はまだ見ぬカリブ海。なんでカリブ海なんだという話は置いといて、カリブ海です。(笑)
BGMは生演奏のアコースティックの音色。時たまボサノヴァに代わり、女性シンガーの甘い声が響きます。

な~んてことは全然思い浮かばなかったのです。

このメンバーに囲まれて、今まで以上のパワーでプロデュース、ビジネスデザインをしていくと思います。
藤田憲一さんがそうであるように、日々カタチを残すために病と闘うと思います。

   「今の医療が治せない病気なら、自分の力で治すための行動をしてみよう」
   「例え病気は治せなくて死んでしまったとしても、生きているうちに意味があるものを残そう」
                               ~ドリームゲート 藤田憲一氏インタビュー本文より抜粋~

そして彼は行動し続けています。一日、一分、一秒を惜しみながら、一日、一分、一秒を生きる。

ボクは自他共に認める「臆病者」です。広島弁?で言うところの「おそれ」です。
きっと死と向き合った時、恐ろしくて何も出来ないのかも・・・と思いました。
でも想像でしかありませんし、そんな日はもっと先延ばしがいいに決まっていますが、一日でも多くこのメンバーと一緒の空間に居たいと思います。

そして「もっと優しい言葉を掛けてくれよぅ」と言いながら、彼ら彼女らの心の中に活き続ける努力をしていくと思います。講演もいくらでも受けるでしょうし、こちらから売り込んででも話をするでしょうね。

「どうせ死ぬなら好きなことをしたい」の「好きなこと」がカンドウコーポレーションなんですね。
一石二鳥ということで、ワインをちびちび飲りながら・・・かもしれませんが。(笑)
そして一人になって自分の居ないカンドウを想像して、一人泣くんでしょうね。(笑)

ツッチーは余命4ヶ月と言われて入院し、4日で亡くなったと聞きました。しかも疲れて眠れないからと、睡眠導入剤を注射してもらって、そのまま・・・。
ツッチーはほぼ痛みを感じることなく、眠るように旅立ちました。

このタイミングで読んだ藤田憲一さんのインタビュー、ツッチーを感じた新潟での人ビ協。
「もっとちゃんと生きろ!」と喝を入れられているような気がします。

藤田さんのインタビューされたのが、宣告から2ヶ月と2週間と書かれています。

もっともっともっと生きろ!
医者の言うことなんて当てにするな!
自分の内なる声に従え!
まだまだ生きれる!
まだまだまだ出来ることいっぱいあるんだから!

逢ったことない藤田憲一さんだけど、同じ起業家という括りで居れていること、光栄に思っています。

彼の訃報なんて聞きたくありませんから・・・。

土田一の居た新潟に

この3月に亡くなった土田一を感じる旅に行ってきました。辛く悲しい彼の死でしたが、彼の残したメンバーにお逢いできたり、何よりもお父さまや奥さまにお逢いでき、お仏壇に手を合わせることもできました。(^^)

旅といっても人ビ協の定例会だったのですが、朝10時に新潟駅に集合というスケジュールでしたけど、ほんっと多くの人ビ協のメンバーが集いました。

彼の人柄が偲ばれますよね。(^^)

ボクはやっと手を合わせられました。
いつも思ってるんです。彼を話題にしたり、彼のことを思う時、きっとツッチーは傍に来てるって。だからあの日、彼は間違いなくボクらの傍に来ていました。感じましたもん。

誰も下を向くワケでもなく、にこやかにお父さまや奥さまと談笑していました。彼の思い出話もいっぱいしました。
み~んな笑いながらツッチーのゴルフネタで盛り上がります。とても心洗われる時間でしたね。(^^)

そして今回から、ツッチーの残した広報しえんから新たなメンバーが人ビ協に加わりました。
社長、専務、常務・・・と3人も定例会には参加してくれて、やっとボクの想いをお伝えできました。
お通夜、葬儀に参列できなかった不義理をお伝えしたのですが、なんとこの徒然を読んでいただいてて、コピーして奥さまに手渡していただけていたそうです。もうそれが嬉しくて嬉しくて。

そして何度もお願いメールを打とうと思っていたことをお願いしました。
そう、ツッチーの写真が欲しかったんです。よく考えたら人ビ協って殆ど写真を撮らないから、彼の写真を持ってなかったんです。ツッチーの顔を忘れるワケはないのですが、どうしても欲しかった一枚でした。

その願いはすぐに聞き入れていただき、翌日にはボクの元に届きました。(嬉)

myfriend.jpg

この写真、実は合成らしいです。集合写真の一枚をデザイナーが丹精込めてツッチーのデスク前に埋め込みました。デザイナーって凄いなっ。

宴席ではツッチー亡き後の広報しえんを任された社長と一緒でした。
山岸社長は言ってくれました。「いつも土田は勘ちゃん勘ちゃんって言ってましたよ」って。
もうその一言、そして戴いた写真で今回新潟まで来た甲斐がありました。ありがたいな。
彼のプレッシャー、残された幹部のプレッシャーは計り知れません。(^^;
そんな苦悩やツッチーを話をしながら、宴席で彼が泣くんです。周りではワイワイガヤガヤやってる中で。

一緒に居たツッチーの同い年の二人(ボクともう一人)は貰い泣き。宴席で泣いたのって初めてかもしれませんね。でも悲しい涙ではなく、決意の涙だったと思います。いい涙でした。(^^)

ツッチーが残したモノは大き過ぎます。
でもね、今回確信したんです。いつの日か、ツッチーが築き上げた広報しえんから、この幹部3人が大きく育てた広報しえんになったって言われる日が来るって。

また忘れられない人ビ協になりました。

ソムリエナイフ

ワインを開けるのに必ず必要な道具、それがワインオープナーです。
ソムリエやギャルソン(フランス料理等で給仕する男性のこと言います)が使用するワインオープナーはそのままずばり「ソムリエナイフ」というものを使います。

ボクはソムリエでもありませんし、飲食業界の人間とは全く違います。当たり前ですよね。(^^;

なのですが、ワインに魅せられてからというものの、道具はプロ仕様を使い、なんちゃってソムリエを気取っています。前回ご紹介したメニューブックにも「なんちゃってソムリエの福原お勧めのワイン」と書いてるくらいですし。(笑)

ソムリエナイフも色んな種類があります。
ボクが主に使っているのは「シャトー・ラギオール」というフランス製のナイフです。
シャトー・ラギオールは素材の違うものをもう2本。「ライヨール」という別のメーカーのものを2本持っています。

一体このナイフで何本のワインを抜栓したでしょうか。

お気に入りのシャトー・ラギオールはもう何年も使っています。
ワインに本格的に目覚めてからですから、10年は軽く使ってることになりますね。スクリューの部分は多少曲がっていますし、このナイフできれいに開けようとするには、ちょっとしたコツが必要です。まあそれくらい手に馴染んでいます。

今回、45歳という区切りの誕生日。この愛用のシャトー・ラギオールの元に、皮のケースを贈ってもらいました。しかもプロ中のプロとボクが認めるギャルソン(間違いなく広島ナンバー1です)の愛用品を・・・です。
彼の8年の汗と涙がいっぱい染みているケースです。

knife_case.jpg古くからの友達みたいに見えます。(^^)

何気なく彼はボクに手渡しました。酔ってましたから、彼が言ったメッセージもちゃんと覚えてないんです。(^^;

その彼のBlogを定休日の確認をと思い開き、偶然彼のメッセージを目にしました。

彼のBlogにはこう綴られています。(無断引用ごめん)



8年間ボクの仕事をサポートしてくれた道具を、今日手放しました。
手放したというと、悲しそうに聞こえますね。

手放したというよりは、ボクの8年間を持っておいてもらいたいというか・・・
きっと大事にしてくれるだろうし、いろんな「想い」や、「あゆみ」をそこから感じとってくれる人だと思うし、

そんな友人がいるということこそが、ボクの幸せでもあります。

いつも一緒にフロアを歩いてた、
ソムリエナイフの皮のケースを、誕生日プレゼントとして渡しました。

ボクが歩んできた、時間、想いと一緒に。

楽しい時間、
ハラハラと緊張の時間、
悔しくて自分に腹が立った時間、
こんなに美味しいワインがこの世にあったのか!と驚いた時間、
この人たちをサービスできて幸せだなぁと思う至福の時間、

ボクのかけがえのない8年間をたっぷり詰めて、

お誕生日おめでとうございます。

熱い感動こそがボクらのエネルギー。
これからもたくさんの感動を世に、ヒロシマに、生み出していきましょう!


彼の苦悩、経営者として、一流のサービスマンとしての苦悩を知っているだけに、彼の正に汗と涙がいっぱい染み込んだこのケースは、ボクの宝物の一つとしてずっと傍に置いて使っていきたいと思っています。
擦り切れても、千切れても、ずっとそばに置いておくつもりです。(^^)

レストランという使い方を最近はしていません。(^^ゞ
時にはカフェとして、時にはワインバーとして、そしてもちろん大切な人をおもてなしするレストランとして。
このレストランはボクたちが成長させていってるという自負もあります。
彼のお店、彼らのお店ですが、ボクらのお店でもあります。これは誰がなんと言おうと譲れない部分ですね。

何度もここで大笑いをし、何度もこの場所で涙したレストランです。カンドウのクリスマスパーティーや周年ディナー、バースデーパーティーはいつもここです。

最高の敬意を表して、二度目?三度目?のご紹介です。

レストランジェラン
広島市中区幟町7-28中津ビル1F TEL:082-228-5660 オーナー&ギャルソン 山本広幸

あと5年

あと5年しかない・・・。
あと5年もある・・・。
同じ5年でも捉え方によっては、全く別の意味合いになってきます。

そのどちらかは別として、ボクがカンドウコーポレーションの代表でいるのも「あと5年」という事実は何も変わりません。

「50歳になる前にカンドウコーポレーションは次世代にバトンタッチする」は誰から言われたワケでもない、自分自身が決めたコミットメントです。ヒデ(中田)並みに「まだ現役でもバリバリできるのに」と惜しまれつつ、カンドウコーポレーションからは引退するシーンをイメージしてますが。(笑)

ただもう一つイメージしていることがありまして、カンドウは最終的にグループ会社にしたいと思っているんです。
ボク以外の経営者を育てたい。そりゃ自分もまだまだですが、少なくとも自分が経験してきたことを次世代に伝承していきたいんですね。経営の醍醐味を自分一人で味わうのは贅沢すぎますし。(^^)

カンドウコーポレーションとしては今の「ブランドをカタチにする」ことに特化させます。ビジュアライズすることにエッヂを立てていきます。今以上に・・・。
そして今でもやっていますが、そのブランドを社内に対して浸透させ、「ブランドはまずそこで働く人の心に宿る」を掲げ、社内の人的リソース(資源)をより高める社内ブランディングにエッヂを効かせた会社を、「カンドウ・ブランディング・ラボラトリー」(通称 カンドウ・ブララボ)として設立します。

外向けのブランディングをカンドウコーポレーションで、内向けのブランディングをカンドウ・ブランディング・ラボラトリーで、といった感じでしょうか。

それ以外にもパートナーシップの会社を同じ志のもとにグループ会社とし、イメージ的には一つのチームとして連携するグループを形成します。今でも使ってる「チームカンドウ」をグループ全体の名称とし、ボクはそちらをマネージメントしていくつもりです。

これからの5年の間で、グループ化を意識した会社経営に緩やかにシフトチェンジ。(^^)

45歳のバースデーを迎え、「自分の親父の生きた年を超えたい」から3年経ったことに感じ入りました。
「生かされてる」この命を、精一杯使わないとバチが当たりますからね。

今年も数多くのバースデーメッセージを頂戴しました。ありがとうございます。(^^)
四捨五入したら50歳。経営者としてはまだまだひよっこです。これからの5年間で、少しでも「経営とは何ぞや」と語れる粋な年の重ね方をしていきたいと思います。

45歳のバースデーにて。